仙石原・姥子・大涌谷周辺の観光
![]() | フランスを代表する装飾美術工芸家、ルネラリックの生涯にわたる作品を一堂に集めた貴重な展示の数々を、箱根の豊かな自然の中で堪能できる。美術館棟、レストラン棟、ショッピング棟からなり、さまざまな楽しみ方ができるミュージアム。 |
![]() | 武家文化を今に伝える美術館で、室町時代〜江戸時代末期にかけての甲冑[かっちゅう]、武具、浮世絵、美人画など300点を展示する。収蔵品は500点を数え、年に数回展示替えを行う。また、鎧、兜の試着体験コーナーがあり、戦国武将の気分を味わうこともできる。 |
![]() | 箱根仙石原湿原の植物群落の保護を兼ねて開園。湿原をはじめ、川や湖沼などの水湿地に生育する植物を中心に集められている。日本各地の湿地帯植物200種のほか、草原や林、高山植物1100種、外国の珍しい山草も含めると1700種にも及ぶ。園内には木道の散策路が設けられ、一周約40分。春は水芭蕉、初夏はカキツバタ、夏はハナショウブ、秋は紅葉と季節ごとの楽しみがある。 |
![]() | 仙石原の中央にそびえる台ケ岳の北西麓一帯に、9月下旬〜10月中旬にかけて、秋の箱根の風景を代表するススキの原が広がる。かながわの景勝50選にも選ばれ、この時期に多くの観光客が訪れる。小道を辿って高台に登ると、ススキの原が一望のもと。3月中旬には春の訪れを告げる山焼きも行われる。 |
![]() | 童話『星の王子さま』の世界と作者サン=テグジュペリの生涯に触れられる。敷地内の広場や通りなどには物語の登場人物の名が付けられ、作者が生まれたというリヨンの街並みも再現されている。また、展示ホールでは、手紙や写真などの愛用品を公開。ミュージアムショップにはここでしか手に入らないオリジナルグッズや『星の王子さま』の商品が充実している。所要1時間。 |
![]() | 15〜18世紀のヴェネチアングラスを中心に展示する美術館。ロスチャイルド家に伝わるゴブレットやイタリア・メディチ家の紋章が入ったコンポートなど繊細な美しさに満ちた作品約620点を収蔵、約100点を公開している。水の都ヴェネチアをイメージした庭園にあるカフェでは、時間によって生のカンツォーネも楽しめる。所要1時間30分。 |
![]() | ポーラグループのコレクションを展示する美術館。モネやルノワールなど印象派の絵画を中心に、西洋絵画や日本の洋画、日本画、版画、彫刻、東洋陶磁、ガラス工芸、東西の化粧道具など約9500点を収蔵している。常設展のほかにも年2回の企画展が行われる。館内のレストランやカフェも窓から光がたっぷり差し込み、開放的な雰囲気。所要1時間30分。 |
![]() | 金太郎のモデルになった平安時代後期の武士、源頼光[みなもとのよりみつ]に仕え四天王の1人に数えられた坂田公時[さかたのきんとき]を祭っている。金時祭が行われる5月ごろはツツジやサツキが見られる。境内からは金時山への登山道があり、山頂までは約3km、所要1時間20分。途中には公時神社奥の院や、金太郎が使ったというマサカリを奉納した祠[ほこら]、山頂付近には金太郎の宿り岩がある。登りはきついが山頂から富士山、箱根連山、芦ノ湖などを一望できる。 |
![]() | 約300年の歴史を誇り、ヨーロッパ磁器の最高峰として知られるマイセン窯の作品を約1000点所蔵し、その中から常時約300点展示、色遣いや造形の美しい人形や動物の置物。特に子供のかわいらしい表情や、ドレスのラインなど極め細やかな作りに注目したい。また、庭園内には、英国直輸入の紅茶をマイセンの器で飲める「カフェ・マルコリーニ」がある。 |
![]() | 箱根と御殿場の堺にある峠。仙石に関所が置かれたころ、ここに番所があり旅人の足を止めさせたことから「御留峠」とよばれ、それが乙女峠に転訛したという。乙女トンネルの御殿場側から少し上ると乙女の丘展望台があり、富士山と御殿場市の眺めが素晴らしい。 |
![]() | 乙女峠の南西にある峠で、かながわの景勝50選の一つ。富士山をはじめ、駿河湾、仙石原、芦ノ湖、駒ケ岳と大パノラマが広がる。 |
![]() | 冠ケ岳の北中腹に広がる。約3000年前に神山[かみやま]の斜面が爆発したときの爆裂火口跡で、今も大地から噴煙が立ち上る。明治になるまでは大地獄といわれ、人々に恐れられていた。現在では一年を通して多くの観光客で賑わう観光地となっている。南西の岩場には閻魔台[えんまだい]、北東にはここで涌いた水を温め、強羅や仙石方面へ湯を送っている地獄沢という噴気帯が点在している。どちらも立ち入り禁止だが、閻魔台周辺へは大涌谷自然研究路が通じている。箱根ロープウェイの車窓からは噴煙をあげる地獄沢の光景を見ることができる。 |
![]() | 箱根ロープウェイ桃源台駅の北側一帯に広がる緑地公園。神奈川県と環境省によって整備され、自然の森を生かした地形になっている。四季折々の花が咲く広場や、一面芝生の子供の広場、野鳥の森などがある。ホオジロ、カケス、ヒヨドリなど箱根で見られる代表的な野鳥が生息しているため、バードウォッチングに最適。姥子から続く姥子・湖尻自然探勝路も通る。 |
強羅・小涌谷周辺の観光
![]() | 三河屋旅館前に広がる6万6000平方mの庭園。ツツジの名所として知られ、毎年4月下旬〜5月中旬にかけてサツキやミヤマキリシマ、ヤマツツジなど約40種類約3万株の花が開花する。三河屋旅館の榎本恭三が、大正初期に東京の大久保からツツジを移植したのがはじまり。5月第2日曜は小涌谷つつじまつりの会場となり、多くの人で賑わう。※専用駐車場がないため、車での来園は不可。 |
![]() | 高さ約3mの岩盤を幅20mに渡って、水が幾筋もの細い流れとなって落ちることからこの名前が付けられた。滝の前には木製のベンチやテーブルがあり、ひと休みしながら観賞できる。付近にはモミジやカエデが多く、秋の紅葉も見事。7月ごろはゲンジボタルが飛び交い、滝の流れ落ちる音の中で幻想的な光景が見られる。 |
![]() | 千条の滝から浅間山へ向かう散策道、千条の滝・浅間山コースにある桜並木。小涌谷の開発に尽力した三河屋旅館の榎本恭三が植えたもので、かつては一目万本といわれた通り、数万本のヤマザクラとソメイヨシノの競演が見られた。当時より数は少なくなっているが、現在でも花見客の目を楽しませてくれる桜の名所だ。 |
![]() | 約7万平方mの起伏に富んだ敷地内にある美術館。オープンは1969年(昭和44)で、野外美術館としては日本の草分け的存在だ。広々として気持ちのよい緑の芝生の上にはオーギュスト・ロダンやヘンリー・ムーアなどが制作した彫刻作品100余点が展示されている。子供が中に入って遊べるような屋外展示の作品や、ピカソ館や絵画館などの屋内展示場が点在し、みどころは満載。作品鑑賞に便利な音声ガイド300円の貸出しがあるほか、レストランやショップなども併設。また、敷地内から湧き出る温泉を利用した、足湯「ほっとふっと」も誕生。世界的にもユニークな足湯は、長さ20メートルで一度に30名が作品を鑑賞しながら満喫できる。 |
彫刻の森美術館開館当初からある唯一のギャラリー。設計は彫刻家の井上或吉。2階へと続く階段は「蔵」をイメージして設計。展示場の外壁の一部は赤く塗装しており、独特な雰囲気の中、作品鑑賞できる。
![]() | 彫刻の森美術館の展示場で、100点以上の彫刻作品が点在する。一番のみどころは、ヘンリー・ムーア・コレクション。20世紀を代表する彫刻家である彼の代表的な作品『横たわる像アーチ状の足』、『母と子台座』などを公開。「彫刻を鑑賞するのには野外以上にふさわしいものはない」と語ったムーアの作品は、緑の中でひときわその存在感を示し、見応え充分。ニキ・ド・サンファールの『ミス・ブラックパワー』には圧倒される。隣接する緑陰広場にはジャン・デュビュッフェのカラフルな人物像『使者たち』の作品など展示。なかでもガブリエル・ロアール作のステンドグラスのタワー『幸せをよぶシンフォニー彫刻』は内側から見る光の反射が見事。 |
彫刻の森美術館内にある施設。2階部分にはピカソのコレクションが多数展示されており、なかでもピカソが64歳から晩年まで過ごした別荘「ラ・カリフォルニー」のアトリエを再現した展示が興味深い。無造作にテーブルに置かれているものも、すべてピカソの作品。部屋の隅に置かれたキャンバスには、ピカソの作品がだんだんと出来上がって行く様子が映像として映し出され、作品が生まれる空間を一緒に共有している気分になれる。
![]() | 彫刻の森美術館内にあり、約300点を所蔵しているパブロ・ピカソの作品から、彼の娘マヤ・ピカソから譲り受けた陶器作品を中心に、油絵、素描[そびょう]、版画、タピストリー、銀製コンポート、色ガラスを組み合わせたジェマイユなど、多彩な作品を常設する。 |
彫刻の森美術館にあり、企画展が行われるほか、イタリアの具象彫刻を代表する作家、ジャコモ・マンズーがヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂の死の扉を製作した際の習作などを常設展示するマンズールームを併設している。
![]() | 早雲山の中腹に広がるフランス式整型庭園。噴水を中心に左右対称に造園され、バラやシャクナゲなどの花と緑の木々が調和している。開園は1914年(大正3)。熱帯植物館や茶室などがある。 |
箱根強羅公園内にあり、シンボルのキャノンボールツリーを中心にバナナやゴムの木など200種約3500株の熱帯植物が生い茂る。所要20分。
![]() | 箱根強羅公園内にあり、ブーゲンビレアをはじめ、ハイビスカスなど南国らしい花々が見られる。所要30分。 |
箱根強羅公園内にあり、カルダモンやワサビノキなど70種類約200株のハーブが植栽されている。所要30分。
![]() | 箱根強羅公園内にあり、明治・大正・昭和の各時代を代表する実業家、益田鈍翁[ますだどんおう]、原三渓[はらさんけい]、松永耳庵[まつながじあん]が使用していた白雲洞、不染庵[ふせんあん]、対字斎[たいじさい]という3席の茶室がある。箱根の天然岩に深山にわび住む山人の住まいを主題にしたもの。抹茶と和菓子(見学代含500円)も楽しめる。 |
![]() | 東洋美術の収集につとめた岡田茂吉氏が昭和27年に設立。常滑、瀬戸、備前、信楽、丹波など日本の中世陶器を中心に、150余点を展示している。なかでも国の重要文化財に指定されている埴輪男子立像は必見。縄文時代、弥生時代の土器、壺などの展示もある。建物を苔庭や萩の道、竹庭の日本庭園が囲み、四季折々の景観も見事。併設する茶室・真和亭では、抹茶(菓子付630円)が楽しめる。所要50分。 |
箱根湯本・塔之沢・大平台周辺の観光
![]() | 箱根町役場の敷地内にある資料館。現在の箱根を形づくった要素である、「箱根八里」「湯治の道」「生活の道」の3つのコーナーに分けて、江戸時代以降の箱根の人々の暮らしぶりや旅人との関わり、難所とされてきた箱根峠越え、近代以降の温泉開発史などを紹介。1811年(文化8)に出版された案内絵巻『七湯の枝折[ななゆのしおり]』は十巻十軸からなり、各温泉の泉質をはじめとする当時の箱根の見所や入浴風景などが紹介。その江戸時代の旅行ガイドブックである『七湯の枝折』や、寄木細工をはじめとする箱根細工の品々も展示されている。所要30分。 |
![]() | 小田原城主・北条氏の菩提寺。2代氏綱[うじつな]が初代早雲[そううん]の遺命によって1521年(大永元)に建立した臨済宗大徳寺派の名刹。北条氏の庇護の下、大寺院へと発展するが、1590年(天正18)の豊臣秀吉の小田原攻めですべてを焼失し、1627年(寛永4)に再興された。境内にある茅葺き屋根を頂く鐘楼に下がる梵鐘[ぼんしょう]は、秀吉が小田原攻めのとき石垣山一夜城の陣鐘に使用したという。北条5代の墓のほか、一般公開はされていないが国の重要文化財の早雲画像、氏綱、氏康[うじやす]の画像、早雲の三男・幻庵[げんあん]作の庭園などがある。庭園は本堂の裏からその一部を垣間見られる。 |
![]() | 早雲寺の裏山一帯に広がる公園。シイやカシなどの常緑樹がうっそうと茂り、遠く早川のせせらぎが聞こえる憩いの場だ。体長35mmという小さなセミ、ヒメハルゼミの生息地としても知られ、神奈川県ではここにしか生息しないため町の天然記念物の指定を受けている。ヒメハルゼミは鳴き声が読経のように聞こえるので、地元では勤行蝉[ごんぎょうぜみ]とよばれている。大合唱は6月下旬〜7月上旬と、ほんの短い時期だけ。 |
![]() | 早雲寺から旧東海道を畑宿方向に向かう左手にある。歌舞伎の仇討ち物で知られる曽我兄弟ゆかりの寺。境内には、兄弟が力だめしをしたと伝わる槍突石も残る。1181年(養和元)に建てられた地蔵堂が前身で、箱根越えの無事を願った人々の地蔵信仰に端を発したものといわれている。一時期荒廃したが1626年(寛永3)に再興。しかし、1868年(慶応4)に明治維新の兵火にあってそのほとんどを焼失した。幸い、曽我兄弟化粧の地蔵2体は難を逃れ、現在も裏山の曽我堂(春・秋の彼岸に公開)に祭られている。弟の五郎の地蔵は鎌倉時代の作で、県の重要文化財。4月上旬には境内に大きく枝を張る枝垂れ桜も見ごろとなる。 |
![]() | 箱根湯本から畑宿を経て元箱根へ至る箱根旧街道には、今もかつての面影を残す石畳が点在している。箱根湯本周辺で手軽に石畳を散策するなら、一番近い猿沢[さるさわ]石畳がおすすめだ。県道732号にある台の茶屋バス停から北側に入ると石畳が顔を出す。徒歩5〜6分ほどで再び県道に出る短いコースだが、旧街道の往時が偲ばれる絶好のスポットといえる。 |
![]() | 本尊は中国から渡来した開運出世慈母観世音菩薩。本堂からさらに階段を下りた堂宇の中で、丸太の左端に木造の菩薩像が鎮座している。丸太にまたがって菩薩像にさわり、手を合わせると体の悪い部分が治るという言い伝えがある。別名「また木なで観音」ともよばれている。 |
![]() | 旅館天成園の敷地内にあり、自由に見学できる。手前が「飛烟の瀧」、その奥が「玉簾の瀧」だ。1923年(大正12)の関東大震災の折、2つの滝は土砂に埋もれてしまった。昭和になって掘り出されたが飛烟の瀧は渇水し、現在見られるのは人工的に復元されたもの。玉簾の瀧から流れ出す水は箱根外輪山の伏流水。不老長寿の水ともいわれる。持ち帰り用のペットボトル(1リットル150円)も旅館天成園の売店で販売されている。 |
![]() | おもちゃコレクターで知られる、北原照久館長のコレクション約3000点を展示。昔のブリキのおもちゃやモーションディスプレイなどが並ぶ。所要30分。 |
![]() | 大輪の花を咲かせるスタンドタイプ、天井から吊り下げられたハンギングタイプの球根ベゴニアを中心とする600種1万株を展示。四季折々にイベントを開催していて、いつ遊びに行っても楽しめる。日帰り温泉ひめしゃらの湯も併設。園内にある現代押し花アートの花の夢美術館は入館無料だ。所要45分。 |
![]() | 塔ノ峰の中腹にある古刹で、別名をあじさい寺という。室町時代に大雄山最乗寺[だいゆうざんさいじょうじ]の僧安叟[あんそう]が曹洞宗の寺として創建。後に廃寺となり、1604年(慶長9)、弾誓[たんせい]上人によって浄土宗の寺として再建された。山に沿って延びる参道は樹木が鬱蒼と茂り、6月下旬〜7月中旬にかけて3000株のアジサイが彩る散策道となる。本堂には阿弥陀三尊像や皇女和宮ゆかりの像が安置されており、本堂からさらに15分歩いたところにある弾誓上人が修行したという祠[ほこら]・奥の院も見学できる。 |
![]() | 箱根の伝統工芸品・寄木細工を堪能できる美術館。寄木細工の伝統工芸士でもある本間昇氏のコレクション約800点を収蔵し、常時200点を展示している。寄木の格天井を施した展示コーナー、四季の花をモチーフにした木象嵌衝立[もくぞうがんついたて]をはじめ、江戸時代、将軍家から賜った文台・硯箱などは見応え十分。例年3〜4月には寄木雛も公開される。1階の工房では、職人による製作工程が見学できるほか、製作体験コーナー(所要時間:50分、料金:800円〜、要予約)も用意されている。所要20分。 |
![]() | 大平台駅から共同浴場の姫之湯を通り過ぎ、塔之沢方向へ戻った左手に、こんこんと湧き出ている。かつて小田原北条氏の姫君や、豊臣秀吉が小田原攻めの際にともなった女官たちが化粧水として使った水で、美肌効果があるといわれる。飲用することもできるが、水を汲むための柄しゃくなどは用意されてないので紙コップを持参のこと。民家の敷地の中にあるため早朝や夜間の訪問は避けたい。 |
![]() | 箱根登山鉄道には数多く鉄橋があるが、なかでも有名なのがこの橋。塔ノ沢〜大平台間にあり、通称出山の鉄橋といわれる。鉄橋下約40mには早川が流れ、まさに深山幽谷[しんざんゆうこく]。国の有形文化財にも指定されている。 |
![]() | 須雲川橋のたもとにあり、大きな石の上に弘法大師と刻まれた石碑が立っている。石碑の前のくぼみには、浸せばイボが取れるといわれる水が溜まっている。岩は箱根火山の安山岩で、保水性が高いため水は涸れないと伝えられている。 |
![]() | 鎖雲寺境内には、浄瑠璃『箱根霊験記』で知られる飯沼勝五郎とその妻・初花[はつはな]の墓がある。勝五郎は、大阪で町道場を開いていた父の仇討ちのために妻と諸国を旅した。箱根に入ったころには足が不自由になっていたが、養生しながら敵を探していた。人々はその姿を躄[いざり]勝五郎とよんだ。また、向かいの山には、初花が箱根権現に願をかけ、夫の足が治り、敵が現れるよう水垢離[ごり]をした滝があり、初花の滝と名付けられている。 |
元箱根・芦之湯周辺の観光
![]() | 757年(天平宝字元)、万巻[まんがん]上人がここに祭ったのがはじまり。参道には杉の老木が生い茂り、権現造、朱塗りの社殿が立つ。このほか、曽我兄弟が仇討ちのとき使ったという赤木柄短刀[あかぎえたんとう](重要文化財)や、平安時代初期作の万巻上人坐像、豊臣秀吉自筆の消息(書状)などを展示する宝物殿(料金:入館500円、時間:9〜16時、休み:無休)がある。裏山のヒメシャラの純林は県の天然記念物で、7月上旬〜下旬に可憐な花を咲かせる。 |
![]() | 国道1号の一ノ鳥居近くの湖畔にあり、鎌倉時代から江戸時代にかけて祭られた地蔵や石塔婆、五輪塔などが立ち並ぶ。地蔵菩薩は地獄まで手を差し伸べて人々を救うという、江戸時代に流行した地蔵信仰を物語る史跡だ。交通手段が限られていた時代、箱根は旅人にとって難所であったため、旅人はここで手を合せて道中の無事を願った。 |
![]() | 現代日本画を代表する画家たちの作品を集めた美術館。平山郁夫をはじめ、加山又造、山本丘人[きゅうじん]らの作品を展示している。収蔵点数は4000点余。うち80〜100点を展示し、3カ月に1回の割合で展示替えをするほか、特別企画展も開催される。ティーラウンジや展望室があり、大きな窓の向こうには芦ノ湖や富士山が見渡せる。所要1時間。 |
![]() | 周囲500mの小さな池で、背後に駒ケ岳を控え樹木に囲まれて深い緑色の水を湛える。湯治に訪れていた男が娘に身を変えた大蛇との約束を破り、池の中に引きずり込まれ命を落としたという伝説が残る。この池から先は鎌倉時代の箱根越えの難所で、極楽浄土と地獄の分かれ道といわれていたという。このため、周辺には旅人が道中の無事を祈ったという石仏が多く残されている。 |
![]() | 精進池から芦之湯へ向かう国道1号沿いに点在する石仏群。かつての地蔵信仰の名残で、高さ3mの磨崖仏六道地蔵をはじめ、巨大な岩に24体の地蔵菩薩と阿弥陀如来、童子形の石仏各1体ずつ計26体が彫られた二十五菩薩像などがたたずむ。これら石仏を縫うように芦之湯まで芦之湯史跡探勝歩道が設けられている。 |
![]() | 芦之湯史跡探勝歩道の途中にある。3つの五輪塔のうち、左の2つが曽我兄弟の墓(重要文化財)、右が兄・十郎の妻・虎御前の墓(重要文化財)といわれている。しかし、右の塔には永仁3年(1295)12月と刻まれているため、鎌倉後期に地蔵信仰の一つとして建てられたものともいわれる。 |
![]() | 約1000種類、6000株の熱帯植物が見られる。みどころは、樹齢約200年のガジュマルの大木で本州では最大級。球根ベゴニア・洋ランを集めた温室や、パパイヤ、パイナップル、バナナが実る熱帯果樹が展示されている温室もある。 |
![]() | 江戸時代半ばに薬師堂に設けられた茶室。当時の文化サロンで、賀茂真淵[かものまぶち]、本居宣長[もとおりのりなが]などが集まり歌を詠んだ。1871年(明治4)に焼失したが、2001年に復元された。賀茂真淵らの歌碑も残る。 |
![]() | およそ300年前、ドイツ人医師であり博物学者のケンペルが来日。箱根の山を越えて、江戸に参府した。その時の印象を記したのが『日本誌』で、箱根の美しさを称え、世界に初めて箱根の植物(ハコネグサ)を紹介したことでも知られる。イギリス人貿易商バーニーは、ケンペルの書いた『日本誌』に感激し、箱根の自然保護を訴えた。この2人の功績を称える石碑が、箱根旧街道の杉並木の入口に立つ。毎年11月23日には、ケンペル・バーニー祭が行われる。 |
![]() | 権現坂を越えると、箱根で一番長い約1kmにわたる天ケ石坂の石畳に入る。この道の途中に、馬子唄の碑がある。馬子唄は、馬喰[ばくろう]とよばれる馬の売買人や馬に荷を乗せて運んだ馬子が、峠を越えるときに唄ったものだ。石碑には「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」と唄の一節が刻まれている。石碑の周辺は、格好の休憩スポットになっている。 |


















































