伊東周辺の観光
![]() | 伊東駅の北側高台にある曹洞宗の古刹。山門を入ると正面に本堂があり、ここからは伊東市街や海に浮かぶ手石島などの眺めがよい。開創は1607年(慶長12)で、伊東七福神の一つ。本堂左手の池に弁天堂が立ち、弁財天が祭られている。サクラ、ツツジなど花木の多い境内は、日本庭園のように手入れが行き届き、蕉風の俳人山本六丁子[やまもとろくちょうし]の句碑や墨画の内山雨海[うちやまうかい]の筆塚が立つ。木下杢太郎[きのしたもくたろう]の生家・太田家の菩提寺でもある。 |
![]() | 木下杢太郎は明治、大正、昭和期の詩人・文学者で、医学者でもあった。記念館の建物は杢太郎の生家で呉服・雑貨商を営んでいた「米惣」の母屋を利用。1835年(天保6)に建てられ、現存する伊東市内の民家では最も古い。館内には杢太郎の生まれた4畳半も残されており、杢太郎の詩集や評論集、未発表の自筆原稿、花のスケッチ、手紙などを展示。生い立ちコーナーには学生時代の写真があり、業績を紹介するビデオが流されている。所要15分。 |
![]() | 松川の河口、伊東港に面した小公園。伊東の市政30周年を記念し、1977年(昭和52)に造られた。芝生園地が整備され、「家族」など、伊東在住の彫刻家・重岡建治[しげおかけんじ]氏のブロンズ彫刻が置かれている。港に出入りする船が見られ、海上には初島、真鶴半島をはじめ、遠く房総半島なども望める。 |
![]() | ウィリアム・アダムスの功績をたたえたもので、松川河口に架かるなぎさ橋のたもとに立つ。イギリス生まれのアダムスはオランダ商船隊の水先案内人を勤めていたが、1600年(慶長5)に船が難破して九州に漂着。その後、徳川家康の信任を得て日本に帰化。三浦按針と名乗り、伊東で日本最初の西洋式帆船を建造した。英文を刻んだ横長の石碑と、胸像が立っている。 |
![]() | 安産の神として信仰を集める豊玉姫[とよたまひめ]を祭る。音無の森とよばれた一角にあり、伊東市の天然記念物のタブやシイの巨木がうっそうと茂り、境内は昼でも薄暗いほど。源頼朝と八重姫が逢瀬を楽しんだ場所と伝えられ、2人とその子供の千鶴丸を祭る摂社も立つ。11月10日の例大祭は尻つみ祭りという奇祭。 |
![]() | 伊東市役所に隣接する小公園で、藤原氏の流れを汲む伊東氏の館跡といわれる。高台のため見張り台があったところ。園内に立つ銅像の伊東祐親[すけちか]は、伊豆一円を統合し、伊東氏繁栄の基礎を築いた人物。源頼朝と恋に落ちたという八重姫の父で、曽我兄弟の祖父にあたる。 |
![]() | 立ち寄り温泉の「シーサイドスパ」を始め、遊覧船が発着する「ポートセンター」、伊豆名産品のショップが集まり、魚介料理からインドネシア料理までさまざまな食事が楽しめる「オーシャンバザール」など魅力がたくさんの道の駅。海の遊歩道「伊東マリンロード」で、潮風満喫の散歩もおすすめだ。遊歩道の先端にはモニュメント「あい・讃歌」がある。しあわせリボンを結んでみよう。 |
![]() | 伊東市街から海岸線を川奈方面へ4kmほど進んだ汐吹崎にある。波が打ち寄せる断崖下の先端の、徳利[とっくり]状になった横穴洞窟に海水が入り、空気圧で激しく海水を吹き出す。満潮時には5〜10mも吹き上がることがあり特に豪快。一帯は汐吹公園として整備され、磯遊びも楽しめる。 |
![]() | 松川は伊東の町並みに大きな変化をつける川。大川橋近くの木造旅館街は静岡の町並み50選のひとつだ。遊歩道は岡橋から河口まで全長約1km。柳など樹木が植えられ、藤棚も造られている。石を敷いた風情ある道には木下杢太郎[きのしたもくたろう]の解説パネルが立ち、浴後の散策によい。 |
![]() | 伊東では数少ない、昭和初期の建築様式を残す木造3階建ての和風旅館だった。1997年に廃業後、伊東市に寄贈され、現在一般公開されている。書院の欄間や客室の飾り窓など、当時の職人が腕を競った美しい彫刻は必見。立ち寄り入浴(料金:500円、入浴時間:要問合せ)もできる。 |












